旧ブログ

完璧な人間なんていない。限界はあっても、可能性に終わりはない。思考も終わらない。留めのない思考の置き場

日常的な言葉の考察

素人の私がキャッチコピーを作ってみた

私は天災だと思った。自分の問題が解決に変わる瞬間、しばらく、ブログのネタに困らないことに気付いたからだ。 理解されない自分と、理解されたい自分、両者、現状、不戦敗続く。 孤独に近いほど依存に近づくが、孤独を受け入れる強さは創造性を生むのか。 …

努力せず仕事を楽しんでいる人に対して、「努力しすぎ、真面目すぎ」と評する周りの流れを颯爽とすり抜け出世コースを歩んでいく人たち

言葉に惹かれる時、その理由はどこかにあるはずだ。その理由を探ればより思想は洗練される。

人の悪意を遮断するWAF設計を5歳児のマニフェストに変換して設計する思考過程を載せていく

人の悪意を遮断したマニフェストを作りたいと思ったときの私の思考プロセスご紹介します。

私は「人として最低」なのか?頭の中に何度も浮かぶ疑問について徹底的に考えてみることにした。

幼少期の人格否定は言葉を変えて、自分の脳内に内在化した毒となる。 私の反芻思考の一つに「人として最低」が何度も脳裏をよぎる。 鬱陶しいぐらいに。 しかし、同時にそこまで脳が傷ついたことを何度も証明しようとしているのだろう。 本当に人として最低…

過去に友人から貰った言葉「完璧な人間なんていない」という言葉が自分の信条になった時、考えさせられた言葉の倫理考察

誰しもが完璧ではない、完璧な答えなんて存在しない、それでも優しくありたいと願う理由。

「助けたい」という言葉ほどその奥に隠された「助けられなかった」事実が何重にも浮かび上がる

「助けたい」という言葉にはこれまで助けを呼べなかった過去が詰まっているのかもしれない。